👨‍💼 監修:高田真弓(CFP・1級FP技能士)

退職金は一括と年金どっちが得?税金で比較してみた

「退職金を一括で受け取るべきか、それとも年金形式で受け取るべきか」──これは、多くの50代の方が数年のうちに直面する、極めて現実的な問題です。

この判断は、単なる「気分」や「感覚」ではなく、税金の負担、年金受給のタイミング、人生100年時代の資産寿命の見方など、複雑な要因が絡み合っています。

元銀行員で現在はFPとして活動する私が、実際のシミュレーション例を示しながら、退職金の受け取り方による税金の差、そして「あなた自身の判断基準」の立て方をお伝えします。

この記事のポイント

  • 退職金の税金は「受け取り方」で大きく変わる──一括と年金では、適用される税制が全く異なる
  • 退職所得控除が存在する──勤続年数に応じた控除額により、多くのケースで税負担は軽い
  • 年金形式は「雑所得課税」となる──毎年の所得に組み込まれるため、他の収入と合算されるリスク
  • 「どちらが得か」は状況依存的──年金額、人生設計、配偶者の状況で判断が変わる
  • 併用選択肢もある──一括と年金を組み合わせるハイブリッド型の活用も検討

退職金受け取りの3つの方法

多くの企業では、退職金の受け取り方に関して、複数の選択肢を提供しています。方法によって、税金の計算方法が全く異なるため、理解は必須です。

方法1:一括受け取り(退職一時金)

仕組み:定年時に、退職金の全額を一度に受け取る方法です。

税制上の扱い:退職所得控除という大きな控除が適用されます。これが、退職金優遇税制の最大の特徴です。

税金の計算ステップ

  1. 退職所得控除額を計算する:40万円 × 勤続年数(ただし勤続年数が20年を超える場合は、70万円 × (勤続年数 - 20) + 800万円)
  2. 退職金から控除額を差し引く
  3. 残額の半分が課税対象となる(1/2課税)
  4. その金額に所得税率を適用する

方法2:年金受け取り(退職年金)

仕組み:退職金を年金原資として、毎月(または毎年)、一定額を受け取る方法です。企業によって、5年確定、10年確定などの受け取り期間が決められていることが多いです。

税制上の扱い:受け取った年金は「雑所得」として扱われます。これは、会社から支給される報酬とは異なる扱いです。

税金の計算ステップ

  1. 毎年受け取る年金額のうち、元本返戻相当部分は非課税
  2. 運用益相当部分が課税対象となる
  3. 雑所得として、給与所得や公的年金と合算される
  4. 合算後の総所得で所得税が計算される

方法3:併用受け取り(一括 + 年金の組み合わせ)

仕組み:退職金の一部を一括で受け取り、残りを年金で受け取る方法です。企業によって選択肢が異なるため、事前確認が必要です。

税制上の扱い:一括部分は退職所得控除が適用され、年金部分は雑所得として扱われます。これが、3つの方法の中で最も複雑です。

退職所得控除の仕組みと計算方法

退職金受け取りにおいて、最も重要な概念が「退職所得控除」です。これを理解することが、判断の基盤となります。

退職所得控除額の計算式

日本の税制では、勤続年数に応じて、退職所得控除額が決まります。

  • 勤続年数が20年以下の場合:40万円 × 勤続年数
  • 勤続年数が20年を超える場合:800万円 + 70万円 × (勤続年数 - 20)

具体例:勤続35年、退職金2000万円の場合

  1. 退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 × (35 - 20) = 800万円 + 1,050万円 = 1,850万円
  2. 課税対象額 = (2,000万円 - 1,850万円) × 1/2 = 150万円 × 1/2 = 75万円
  3. 所得税(所得税率10%と仮定)= 75万円 × 10% = 7.5万円
  4. 住民税(税率10%)= 75万円 × 10% = 7.5万円
  5. 合計税負担 = 15万円
  6. 手取り = 2,000万円 - 15万円 = 1,985万円

重要:一括受け取りの場合、2,000万円の退職金に対して、わずか15万円の税負担で済みました。これが、退職金優遇税制の強力さです。

年金受け取りの場合の税金計算

同じ2000万円の退職金を年金で受け取る場合を、シミュレーションしてみましょう。

シナリオ:10年定期確定年金で2000万円を受け取る場合

毎年の年金受取額:200万円(2,000万円 ÷ 10年)

ここで重要な点は、この200万円の構成です。単純な平等配分ではなく、税務上は「元本返戻相当部分」と「運用益相当部分」に分けられます。

  • 元本返戻相当部分(非課税):毎年150万円程度
  • 運用益相当部分(課税):毎年50万円程度

毎年の税金計算:

  1. 雑所得(年金) = 50万円
  2. 公的年金(例:年180万円) + 雑所得(50万円) = 総所得230万円
  3. 公的年金等控除(年金が180万円の場合、110万円) = 控除後70万円
  4. 総合課税所得(70万円 + 50万円) = 120万円
  5. 所得税(税率10%) = 12万円
  6. 住民税(税率10%) = 12万円
  7. 毎年の税負担 = 24万円

10年間の累計:24万円 × 10年 = 240万円

一括 vs 年金:税負担の比較

項目 一括受け取り 年金受け取り(10年) 差額
退職金 2,000万円 2,000万円
税金 15万円 240万円 +225万円
手取り(税引き後) 1,985万円 1,760万円 -225万円

結論:この例では、一括受け取りの方が225万円多く手取りがある

「年金受け取りが有利な場合」の特異なケース

前述のシミュレーションでは、一括受け取りが明らかに有利に見えます。しかし、特定の状況では、年金受け取りが有利になる場合があります。

ケース1:退職金が極めて高額な場合

退職金が5,000万円以上の極めて高額な場合、一括受け取りをすると、所得税の最高税率(45%)が適用される可能性があります。一方、年金にすることで、毎年の所得を分散させ、税率を下げることが可能です。

例:退職金5,000万円で、最高税率が適用される場合

  • 一括:税負担が年間の所得税率の最高水準となる
  • 年金(10年):毎年500万円受け取り、それぞれに相応の税率が適用される
  • 税負担が軽減される可能性がある

ケース2:配偶者が健在で、配偶者控除が受けられる場合

夫が退職して一括で退職金を受け取り、その後、妻と共に生活する場合、妻の「扶養配偶者控除」が受けられることがあります。この場合、一括受け取りが有利です。

ケース3:退職後も給与所得がある場合

定年後、別の企業で嘱託社員として働く場合、毎月の給与所得がある状態で年金を受け取ると、「給与 + 雑所得」となり、合算による高税率が適用されます。この場合は、一括受け取りで最初に受け取り、その後に運用することで、スムーズに生活費を補填できます。

退職金受け取り方法の判断基準

「どちらが得か」は、人生設計によって異なります。以下の判断基準を参考にしてください。

一括受け取りがお勧めな人

  • 退職金が2,000万円以下で、勤続年数が25年以上ある
  • 定年後、給与所得がない、もしくは少ない
  • 現在の貯蓄が少なく、まとまった資金が必要
  • 投資や資産運用に関心があり、自分で運用したい
  • 健康寿命に不安があり、早めに資金を確保したい
  • 人生100年時代に対応するため、現在の資産で安心を得たい

年金受け取りがお勧めな人

  • 退職金が5,000万円以上の超高額
  • 定年後も月10万円以上の給与所得がある予定
  • 毎月の定期的な入金を心理的に必要とする
  • 配偶者が健在で、生活が安定している
  • 「貯金を一度に持つことで、浪費が心配」と感じる
  • 年金受け取りの方が、企業年金制度の上乗せが大きい場合

併用選択肢(ハイブリッド型)の活用

多くの企業では「一括で500万円、残り1,500万円を年金」というように、柔軟な組み合わせを提供しています。この選択肢の活用を、強くお勧めします。

ハイブリッド型の活用例

シナリオ:退職金2,000万円を「一括1,000万円 + 年金10年(年100万円)」で受け取る場合

  • 一括部分(1,000万円):税負担が極めて軽い(退職所得控除の恩恵)
  • 年金部分(年100万円):毎月の安定収入として機能
  • メリット:生活費を年金で確保しながら、まとまった資金で安心を得られる
  • デメリット:両方の手続きが必要となる複雑さ

税金以外の判断要因

退職金の受け取り方は、単なる「税金の問題」ではなく、人生全体の設計に関わる判断です。以下の要因も考慮すべきです。

要因1:インフレ対策

一括で2,000万円を受け取った場合、その後20年で物価が大幅に上昇すれば、実質的な購買力は大きく目減りします。年金受け取りの場合、毎年の受け取り額が調整される可能性があります(ただし、企業によっては固定の場合もある)。

要因2:運用による資産増加

一括で受け取った資金を、年3%で運用できれば、20年後には約1.8倍に増えます。一方、企業年金は固定の場合がほとんどで、運用益は期待できません。

要因3:心理的安心感

毎月定期的に年金が振り込まれることで、「安定している」という心理的安心感を得られる人も多いです。このような心理的な側面も、判断に影響します。

要因4:配偶者の状況

配偶者が健在な場合、夫が一括で受け取ることで「相続財産」となるリスクがあります。一方、年金形式なら、生存期間中の定期的な入金が保障されます。

健一さん
健一さん(54歳・会社員)

僕の会社の退職金制度を見ると、一括で約1,800万円か、年金で月15万円(180ヶ月)かの選択肢が示されています。ほぼ同じ金額ですが、どちらが有利ですか?

マユミ
マユミ(CFP・元銀行員)

その企業の設定は、一括と年金でほぼ同額という「中立的な選択肢」を提供しているようです。この場合、税金面では一括受け取りが有利です。健一さんの状況を仮定(勤続30年、現在の貯蓄600万円)すると、一括で1,800万円を受け取った場合、税負担は約12万円程度で、手取りは約1,788万円になります。年金(月15万円×180ヶ月)の場合、毎年の雑所得課税により、10年の累計で150万円程度の税負担が予想されます。税金面では、一括受け取りが約138万円有利です。ただし、「毎月15万円という安定感」を心理的に重視するなら、年金でもいいでしょう。会社の制度書に「利息」や「運用益」の上乗せがあるかも確認してください。それによって判断が変わることもあります。

よしこさん
よしこさん(52歳・パート)

私はパート勤務なので、退職金がほぼない状況です。一方、夫の退職金は約1,500万円で、夫が「年金で受け取りたい」と言っています。妻の立場から、何か注意すべきことはありますか?

マユミ
マユミ(CFP・元銀行員)

良い質問です。配偶者がいる場合、年金受け取りで気をつけるべきポイントが2つあります。第一に、「年金受け取り期間中に夫が亡くなった場合、残りはどうなるか」です。確定年金なら、遺族が残額を受け取れます。終身年金なら、受け取りは終了します。契約内容を確認してください。第二に、相続税との関係です。夫が亡くなった後、夫の遺産として扱われるのは「年金受け取り権」か「まとまった一時金」かで異なります。相続税対策として、独立系FPに相談することをお勧めします。また、夫が年金で受け取る期間中、妻が「扶養配偶者控除」の対象になるかどうかも確認してください。

よくある落とし穴

退職金の受け取りで陥りやすい落とし穴を整理します。

落とし穴1:「税金だけで判断する」誤り

税金は重要な要素ですが、全てではありません。人生設計全体を見て、判断することが大切です。

落とし穴2:「企業年金の上乗せを見落とす」

企業によっては、年金選択時に「上乗せ利息」や「保証」があります。この部分を見落とすと、大きな損失につながります。

落とし穴3:「相続税との関係を無視する」

特に退職金が高額な場合、相続税対策として「誰が受け取るか」も重要です。夫が受け取った退職金は、妻の相続財産となる可能性があります。

落とし穴4:「受け取り方を決定した後、変更できない」という誤解

企業によって異なりますが、受け取り開始前なら、一括から年金へ変更できる場合もあります。会社の人事部に、変更可能性を確認してください。

退職金受け取り後の「運用」も重要

一括で受け取った退職金を、どう運用するかは、その後の人生の経済状況を大きく左右します。

一括受け取り後の基本戦略

  • 生活防衛資金の確保:退職金の10%(例:180万円)を普通預金で確保
  • 3年以内の使用予定資金:退職金の20%程度を定期預金で確保
  • 長期運用分:残り70%を、バランスファンドやインデックスファンドで運用

まとめ──「税金」と「人生設計」の両立

退職金の受け取り方は、単なる「税金の問題」ではなく、あなたの人生全体の設計に関わる重要な決定です。

数字上は「一括受け取りが有利」という結論になることが多いですが、それが全ての人に当てはまるわけではありません。あなたの人生設計、配偶者の状況、親の介護の可能性など、多くの要因を総合的に判断して、最終的な決定をしてください。

最後に強調したいのは、「退職金の受け取り決定は、できるだけ早い段階(55歳〜57歳)で、複数のFPに相談して、十分な検討時間を取るべき」という点です。会社からの説明会では学べない、税務と人生設計の観点から、専門家の力を借りることをお勧めします。

次のステップ

この記事を読んだあなたへ、3つのアクション提案:

  1. 会社の人事部に退職金制度を問い合わせる──一括・年金・併用の選択肢、利息上乗せの有無を確認
  2. 現在の退職金見込み額を把握する──試算表をもらい、税金シミュレーションを作成
  3. 独立系FPに相談する──会社の説明会だけでなく、複数のFPから意見を聞く
投資に関するリスク警告

本記事で取り扱う金融商品は元本保証のない商品です。投資判断はご自身の責任で行ってください。当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたもので、個別の投資判断を示すものではありません。重要な投資判断については、認定ファイナンシャル・プランナーなどの専門家にご相談ください。

参考文献・データ出典

  • 国税庁「退職所得に対する税務」https://www.nta.go.jp/
  • 厚生労働省「退職給付に関する制度」https://www.mhlw.go.jp/
  • 金融広報中央委員会「退職金の一括・年金選択」https://www.shiruporuto.jp/
  • 日本銀行「家計の金融行動に関する世論調査」https://www.boj.or.jp/