🎓 監修:高田真弓(CFP・1級FP技能士)

退職金なしの50代がゼロから老後資金を作る方法

田中さん(54歳・仮名)は、従業員30人ほどのIT企業で20年以上働いてきた。年収は580万円。住宅ローンはあと6年で完済予定。子どもは2人とも独立している。一見すると悪くない状況に見えるが、田中さんには一つ、大きな不安があった。

「うちの会社、退職金制度がないんです」

同期の友人が大手企業で退職金2,000万円をもらった話を聞くたびに、胃が痛くなる。厚生労働省の調査によると、退職金制度がある企業は全体の約75%。逆に言えば4社に1社は退職金制度がない。中小企業に限れば、その割合はさらに高い。

田中さんの貯蓄は現時点で280万円。65歳まであと11年。退職金ゼロの前提で、ここから老後資金をどう作るか——正直に言えば楽な道ではない。でも、不可能でもない。

この記事では、退職金がない50代が今から現実的にできることを、具体的な数字とステップで示していく。焦りを感じているなら、まずはこの記事を最後まで読んで全体像を掴んでほしい。

退職金がない人の「老後資金不足額」を正確に把握する

まず、自分にいくら足りないのかを正確に知ることから始める。漠然と「2,000万円足りない」と思い込むのではなく、自分の状況に合った数字を出すことが重要だ。

計算式はシンプル:

不足額 =(月間生活費 − 年金受給額)× 12ヶ月 × 老後年数

田中さんの場合で計算してみよう。

項目金額根拠
想定月間生活費22万円住宅ローン完済後の生活費
年金受給見込み(65歳〜)月14.5万円ねんきん定期便の見込額
月間不足額7.5万円22万−14.5万
年間不足額90万円7.5万×12ヶ月
老後期間(65〜90歳)25年間男性の平均余命+α
総不足額2,250万円90万×25年

現在の貯蓄280万円を差し引くと、あと1,970万円が必要ということになる。正直、これを11年でゼロから作るのは容易ではないが、分解して考えれば道は見えてくる。

老後に必要な金額の考え方は老後2000万円問題の真実でも詳しく書いているので参照してほしい。

「攻め」と「守り」の二刀流で資金を作る

退職金なしで老後資金を作るには、収入を増やす「攻め」と支出を減らす「守り」の両方が必要だ。どちらか一方だけでは現実的な金額に届かない。

攻め①:iDeCoをフル活用する

退職金がない会社員こそ、iDeCoの恩恵は大きい。なぜなら、iDeCoで受け取る一時金は「退職所得控除」の対象になるからだ。退職金制度がない=退職所得控除を使っていない=iDeCoの一時金を非課税で受け取れる枠が丸々残っているということ。

会社員のiDeCo拠出上限は月2.3万円(年27.6万円)。54歳から65歳まで11年間拠出した場合:

  • 拠出総額:27.6万円×11年=303.6万円
  • 所得控除による節税効果(税率20%の場合):303.6万円×20%=約60万円
  • 運用リターン(年利4%想定):約60万円
  • 合計見込み額:約420万円

退職所得控除(40万円×11年=440万円)の範囲内なので、受け取り時も非課税だ。iDeCoだけで420万円を確保できるのは非常に大きい。

攻め②:新NISAで積立投資する

iDeCoと並行して新NISAも活用する。月3万円を全世界株式インデックスに積み立てた場合の11年後の見込み:

月額積立年間11年間の拠出総額年利3%の場合年利5%の場合
3万円36万円396万円約470万円約540万円
5万円60万円660万円約780万円約900万円

新NISAなら運用益は非課税。月5万円を捻出できれば、11年で780〜900万円になる可能性がある。

攻め③:副業で月3〜5万円を稼ぐ

50代の副業については50代の副業ガイドで詳しく書いているが、ここでは収入面のインパクトだけ確認しておく。月3万円の副業収入を全額投資に回した場合、11年で400万円前後になる。月5万円なら660万円前後。副業収入を生活費に使ってしまうのではなく、全額を「老後資金専用口座」に入れるルールを作ることが大切だ。

守り:固定費を月3万円削減する

攻めだけでなく、守りも重要。50代で見直すべき固定費の代表格は:

  • 生命保険の見直し:子どもが独立したら死亡保障は大幅に減らせる。月1〜2万円の削減可能性あり
  • 通信費:格安SIMへの乗り換えで夫婦合計月8,000〜1万円の削減
  • サブスクリプション:使っていないサービスの棚卸しで月3,000〜5,000円
  • 自動車関連:2台を1台に減らせるなら月2〜3万円の効果

固定費を月3万円削減できれば、年間36万円。11年で396万円が「使わなかったお金」として蓄積される。これを投資に回せばさらに増える。

家計見直しの具体的な方法は50代の家計簿見直し術を参考にしてほしい。

🙋‍♂️
けんいち(54歳・会社員)
iDeCoと新NISAの両方に毎月5万円以上出すのって、正直きつくないですか?手取り月30万円ちょっとで家族もいるのに…
👩‍🏫
まゆみ先生
おっしゃる通り、いきなり月5万円以上は厳しいと思います。現実的なのは「段階的に増やす」方法です。最初の1年はiDeCo月2.3万円+NISA月1万円=月3.3万円から始める。固定費の削減が効いてきたら2年目からNISAを月3万円に増額。住宅ローン完済後(6年後)はさらに月5万円上乗せ…という具合に。無理して生活を切り詰めすぎると続かないし、ストレスで散財してしまう人もいます。継続できる金額から始めることが最優先ですよ。

10年ロードマップ:段階的に資金を積み上げる

ここまでの施策を組み合わせて、田中さん(54歳・貯蓄280万円)が65歳までにどこまで積み上げられるか、現実的なシナリオを描いてみよう。

施策月額11年間の効果(運用込み)
iDeCo(月2.3万円)2.3万円約420万円
新NISA積立(段階的に月3→5万円)平均4万円約590万円
固定費削減分の積立3万円約430万円
副業収入の積立3万円約430万円
既存貯蓄の運用(280万円・年利3%)—約390万円
65歳時点の合計—約2,260万円

なんと、退職金ゼロでも65歳時点で2,260万円を確保できる計算だ。もちろんこれは「すべてが計画通りに進んだ場合」の楽観シナリオだが、7割達成でも1,580万円。不足額1,970万円の8割をカバーできる。

残りの不足分は「65歳以降も週3日働く」「年金繰り下げ受給で月額を増やす」などの手段で補える。退職金がないからといって絶望する必要はないのだ。

年収別・現実的な積立プラン

田中さんのケース(年収580万円)だけでなく、年収帯別のプランも示しておく。

年収手取り月額(概算)現実的な月間投資額11年後の見込み(年利4%)
350万円約23万円3〜4万円480〜640万円
450万円約28万円5〜6万円800〜960万円
580万円約35万円7〜10万円1,120〜1,600万円
700万円約42万円10〜15万円1,600〜2,400万円

年収350万円の場合でも、月4万円を11年間続ければ640万円は確保できる。これに年金繰り下げ受給(5年繰り下げで42%増)を組み合わせれば、老後の基本的な生活は十分に支えられる。

退職金なしの人が「やってはいけない」3つのこと

NG1:焦ってハイリスク投資に走る

「退職金がない分を投資で一気に取り返したい」——この気持ちは痛いほどわかる。しかし、FXでレバレッジ25倍、仮想通貨に全額投入、個別株の集中投資…これらは「増やす」のではなく「ギャンブル」だ。50代で投資元本を失ったら取り返すのはほぼ不可能。地味でも確実な積立投資を淡々と続けることが、退職金がない人の最強戦略になる。

NG2:生活防衛資金に手をつける

「投資に回すお金を増やすために預金を全部投資に回す」のは危険だ。病気や失業など、不測の事態に備えた生活防衛資金(最低6ヶ月分の生活費)は必ず確保してから投資を始めること。防衛資金がないまま投資して、急な出費で安値売りを余儀なくされるのは最悪のパターンだ。

NG3:「もう遅い」と諦めて何もしない

54歳から始めても11年ある。55歳なら10年、58歳でも7年ある。月5万円を7年間積み立てるだけでも、年利4%なら約490万円になる。さらに65歳以降も5年間働けば期間はさらに延びる。「もう遅い」は嘘だ。遅いのは何もしないことであって、今日始めれば今日が一番早い。

🙋‍♀️
よしこ(52歳・パート主婦)
夫の会社に退職金がないことを最近知って焦っています。私のパート収入(月8万円)も投資に回した方がいいですか?
👩‍🏫
まゆみ先生
よしこさんのパート収入月8万円のうち、生活費に充てている分を除いて、仮に月3万円を投資に回せるなら積極的に回すべきです。よしこさん名義の新NISA口座を開設して、全世界株式の積立を始めるのが手軽で効果的。月3万円×13年(52歳→65歳)で年利4%なら約620万円になります。夫婦それぞれの名義でNISA口座を持てるので、世帯全体の非課税枠を最大限使うことが大切ですね。あとは、パートの勤務時間を増やして月10万円にできれば、投資に回せる金額も増やせます。扶養の壁については別途検討が必要ですが。

65歳以降も「稼ぐ力」を持つことの重要性

退職金がない人にとって、65歳以降も何らかの収入があることは非常に大きな安心材料になる。フルタイムで働く必要はない。週3日、月8〜10万円の収入があるだけで、資産の取り崩しペースを大幅に遅らせることができる。

例えば、年金月14.5万円+月8万円の労働収入=月22.5万円あれば、田中さんの生活費22万円をカバーできる。つまり資産を1円も取り崩さなくて済む。資産は運用を続けながら温存でき、本当にお金が必要になる75歳・80歳以降の備えとして残しておける。

50代のうちから「65歳以降にどんな仕事ができるか」を考え、スキルの棚卸しや人脈づくりを進めておくことは、お金に換算すると数百万円の価値がある。ポートフォリオの作り方については50代のポートフォリオ設計も参考になるはずだ。

退職金制度がない会社に「今からできる交渉」

意外と知られていないが、会社に退職金制度がなくても、企業型確定拠出年金(DC)の導入を会社に提案するという手段がある。中小企業にとっても、企業型DCは福利厚生の充実になり、採用面でのメリットがある。

提案が通れば、会社負担で月数千円〜数万円が拠出されるようになる可能性がある。たとえ月5,000円でも、11年間+運用益で約80万円。会社負担なので自分の手取りは減らない。ダメもとで人事部に相談してみる価値はある。

また、退職金制度がない代わりに「前払い退職金」として毎月の給与に上乗せされているケースもある。自分の会社の制度を正確に把握しているか、今一度確認してみてほしい。

🙋‍♂️
けんいち(54歳・会社員)
投資は怖いので預金だけで貯めたいのですが、それだとどのくらい必要ですか?
👩‍🏫
まゆみ先生
預金だけで1,970万円を11年で貯めるには、月約15万円の貯蓄が必要です。手取り35万円の場合、生活費を月20万円に抑えなければならず、現実的にはかなり厳しい。一方、月7万円をインデックス投資に回す場合、年利4%想定で約1,120万円になります。同じ月7万円を預金だけにすると924万円。11年で約200万円の差がつきます。投資が「怖い」のは当然ですが、全世界株式のインデックスファンドに分散投資するなら、単年でのマイナスはあっても10年以上の長期では黒字になる確率が歴史的に非常に高い。「全額投資」ではなく「一部を投資」にする——例えば月7万円のうち3万円だけ投資、4万円は預金、というバランスから始めてみてください。

社会保障制度をフル活用する

退職金がない人ほど、使える公的制度はすべて使い倒すべきだ。見落としがちな制度をいくつか挙げておく。

制度1:付加年金

国民年金の第1号被保険者(自営業者等)なら、月400円の付加保険料を払うだけで、年金受給時に「200円×納付月数」が上乗せされる。月400円×12ヶ月×11年=約5.3万円の追加負担で、年金に年26,400円が加算される。2年で元が取れる驚異的なリターンだ。ただし会社員は対象外なので、将来独立する場合に覚えておくとよい。

制度2:高額療養費制度

老後に大きな病気をした場合でも、高額療養費制度があれば月の自己負担上限は約8〜9万円(70歳未満・年収370〜770万円の場合)。民間の医療保険に過剰に加入する必要はなく、その保険料を投資に回す方が合理的なケースが多い。

制度3:住宅ローン控除の残り期間

住宅ローン控除がまだ残っている場合、繰上返済を急がずに控除の恩恵を受け切ってから完済する方が得なこともある。金利と控除率を比較して判断すべきだ。

老後の資金計画全体を俯瞰するなら老後資金ガイドが役に立つ。

まとめ

  • 退職金なしでも、54歳から始めれば65歳までに2,000万円以上の資産形成は可能
  • iDeCo(月2.3万円)+新NISA(月3〜5万円)+固定費削減+副業の組み合わせが現実的
  • 退職金がない人はiDeCoの退職所得控除をフル活用できるのが逆にメリット
  • 焦ってハイリスク投資に走るのはNG。地味な積立投資を11年間続ける方が確実
  • 65歳以降も週3日・月8万円の収入があれば、資産を取り崩さずに済む可能性がある
  • 「もう遅い」は嘘。今日始めることが最も重要

退職金という「まとまったお金」がないのは確かに不利だ。しかし逆に考えれば、退職金2,000万円をもらって使い方に困り、銀行に言われるまま手数料の高い投資信託を買ってしまう人よりも、自分でコツコツ積み上げてきた人の方がリテラシーは高いし、資産管理の実力もある。退職金がないことは、あなた自身の金融リテラシーを高めるチャンスでもある。

退職金がない人ほど「通貨分散」が効く理由

退職金という大きなバッファがない分、円安やインフレが直撃したときのダメージは大きくなりやすい。資産の一部を外貨建てで持つことは、円の価値が下がるリスクに対する保険になる。少額からドルコスト平均法で外貨資産を積み立てる方法は、まとまった資金がない人にこそ向いている手法だ。

当サイトでは、50代から始める少額FXの基本や、NISAを活用した国際分散投資についても詳しくお伝えしています。

→ 50代からのFX入門を読む / → NISA・iDeCo活用術を見る